毎月給料が貰えることが不思議で不安

経済のコラムで読んだのだが、
戦後日本の好景気といえば、いざなぎ景気だが、
実は小泉政権下の2002〜06年も連続好況期としてはそれに並ぶらしい。
輸出も、リーマンショックの直前は80兆円で、
実はバブルのピーク時に40兆円だったのを、その後の「失われた20年」といわれる時期で倍増させていたらしい。
そんなに経済の業績がよかった実感が庶民にまったくないのは、
バブル期以降、給料が減り続けているせい。
格差だけが広がったのだオキュパイ
 

昔の未来予想図は、なにもかも全自動化されて便利になって、
人々はゆったりくつろいでいたが、
当時こどもだったぼくは、彼らがなんの仕事で金を稼いでそれらの機械を買ったかに思いが至らなかった。
仕事がない人が、全自動の快適な部屋に住めるかどうかとか、
そういうことを思いつかなかった。
 

なにもかも全自動化されてロボットがやってくれる快適な部屋でコンピューターのボタンをポチッと押すと、
amazonの倉庫で人間が走り回って商品をかき集める
 

しかし、よくもまあ毎月仕事があって、毎月給料がもらえるもんだ…
もしも来月給料もらえなかったらすごく困る…
ひと月生きていくのにお金がかかる…
ぼくが生きていくのに必要としてる他人のひとの労働に比べて、
ぼくのしている仕事は、なんとあってもなくてもいいような必要性の薄いことだろう!
そんなたいして必要じゃない仕事までを、
なんとか毎月の給料分の仕事になるまでめぐりめぐって複雑化している高度資本主義社会、
おそろしい。ありがたい。ぼくの存在が不安

正月にテレビでビッグダディを見て印象に残ったシーンがあった。2ちゃんで見たら苺事件と呼ばれていた。

描きあがった漫画をネットにアップする時

描き上がったまんがをネットにUPするときはすごい緊張する。

数ヶ月間費やして完成させる漫画は、毎日のように自分で見てるので、
もはや自分ではおもしろいのかどうかさっぱり判断がつかなくなっている。

ぼくは毎日ほとんど人と会話しない。会社の人数も少ないし。
休みの日には図書館に行くぐらいで、あとは漫画を描きます。
うさぎはもうだいぶ前に死んでしまいました。十年生きた

でもどこにも出かけない毎日を、ぼくは楽しいです。
パーティーとかしてみんなで洒落た会話をしたり、レジャーに出かけたりするのが楽しい人も多いのだろうが、
ぼくはそういうのはあまり楽しくない。
他人としたい会話は、これまでの人生で最も恥ずかしいかった体験の告白とかそういうことです。
人に言えないようなこととか、これを言ったらもう取り返しのつかないこととか、その会話自体が事件であるかのような会話は好きです

粘膜の触覚快感

麺類とかって、おしとやかに食べるよりも、
ずるずる音をたてて、びちゃびちゃ汁をはね飛ばしながら食ったほうが、より麺を食することを堪能できますよね?

それって、麺類って、味もあるけど、食感=触覚が気持ちよくて、
豪快に音をたてたりした方が、その粘膜の触覚快感が、
より多く得られるからなんじゃないですかね?

それって、要するにヴァギナにペニスが擦りつけられる事と同じなんじゃないか、と考えました。
つまり人間というのは、つるつると粘膜がこすられることこそが大好きなんじゃないだろうか・・・じゃあ胃カメラ飲め!馬鹿!